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KBCI 加古川バプテスト教会 インターナショナルスクール

KBCI -加古川バプテスト教会 インターナショナルスクール-
子供たちが明るく元気にいきいきと過ごすことを目指します。社会、経済、文化、家庭を導くリーダーが育つことを願っています。世界に福音を伝える宣教師が生まれ、日本で牧師として主の教会を立て上げる霊的指導者が育つことを思い描いています。


■チャーチ・スクールを開校するにあたり
チャーチ・スクールの理念

◆ 目的
1) 両親と共に創造主に導く。
2) イエス・キリストを主と告白する者になる。
3) 造られた者として主が与える使命を果たすために霊・心・体を訓練し育てる。

◆ 目標 主を知り、恐れ、使命を果たす準備をする
1) 聖書により創造主を知りががめるようになる。
2) 人を尊敬し愛する者になる
3) 自分を知り、霊・心・体を訓練し使命を果たす者になる。
4) 聖書を土台として社会に影響を与えるリーダーになる。 →影響を与えるものになる
5) 国際的な視点を養い世界を見ることができ世界に福音を伝える。

私が、きょう、あなたに命じるあなたの神、主の命令にあなたが聞き従い、守り行なうなら、
主はあなたをかしらとならせ、尾とはならせない。ただ上におらせ、下へは下されない。(申命28:13)

◆ 方法 霊・心・体の成長
1) 主が造られた自分を知る
自分が創造主によって目的を持って造られ、愛されていることを知りながら、学びをしていきます。
自分が創造主に造られ愛されていることを確信している人は、他の人を同じように見ることができます。

2) 主が造られた自然を知る
創造の視点に立って、全科目を勉強していきます。
「これからの日本と世界を担うこどもたちが全科目において熱心に学び、愛とゆるしを伝える新しい時代の青年へと成長します」

3) 主が導かれた歴史を知る
歴史には意味があり大事なメッセージがあることを知ります。
創造主が計画を持って造られた世界を導かれた足跡を見ます。

<繰り返し訓練する>
それぞれに与えられた能力を発見し、繰り返し訓練をしていきます。
繰り返しの訓練のベースになるものは、聞く・読む・話す・書くことです。

またすべてのプログラムを通して、教師やリーダー達の指示に従う従順を学びます。
仕事を通して責任感を養い、勤勉さを身につけていきます。
また与えられた仕事を成し遂げることによって、完成の喜びを体験していきます。
■チャーチ・スクールの必要性

公教育への疑問からではありません。
教会の近くにある中学校の職員室は夜10時を越えても電気がついています。
教会に来ている教師たちは多くの時間を使って生徒を指導しています。
教師の多くは情熱をもって生徒を育てようとしています。

ではなぜ公教育への疑問が起こってきているのでしょうか。
ひとつの大きな理由はマスコミによる公立学校への非難です。
マスコミはいつでも学校や教師を非難してきました。その多くは展望のない的はずれの非難でした。
マスコミに影響された多くの父兄やこどもたちは学校に対してよいイメージをもたなくなりました。

勉強は誰にとってもおもしろいものではありません。
特に基本の学びは繰り返し覚え、体で覚えることが重要です。
そのような勉強を自分から、すすんでするこどもはそう多くはありません。
教育には強制力=権威が必要です。
しかしマスコミがおこなってきた学校や教師への種々の非難により、尊敬がなくなるケースが多くありました。
教師の強制力=権威が失われてきました。
多くの教師は長時間、情熱を注いでこどもたちと接してきました。
そんななかで疲れを覚え教師としての誇りを失ってしまった方々がいます。
こどもたちに熱心に関わってきた教師ほど燃え尽きてしまうことがありました。

学校や教師が不十分だからチャーチ・スクールをスタートするのではありません。
学校ではいじめ、不登校、犯罪の低年齢化、外部からの侵入者による事件があります。
またクリスチャンとして歩むために、心痛む偶像行事があります。
しかしそのようなことが理由でチャーチ・スクールをはじめるのではありません。
両親がこどもをよく理解しこどもが強くなれば解決することです。
ではなぜチャーチ・スクールをスタートするのでしょう。

■チャーチ・スクールをスタートする理由
チャーチ・スクールをスタートする理由を3つの視点から見ていきます。
「こどもは誰のもの?」 「こどもを育てるのは誰か?」 「なぜ教会がチャーチ・スクールをするのか?」

1.こどもは誰のもの?
ひとりの男性とひとりの女性を通して命は授けられます。
どのような状況の中で誕生するこどもであっても、神がすべての命の誕生を楽しみに待っておられます。
こどもは誰のものでしょうか。いくつかの考え方を見てみましょう。

A こども自身のもの
1762年ルソーが教育論『エミール』を出版しました。ルソーはこどもはこども自身のものであり、
こどもたちの自主性こそ大切なものだとの主張を中心におこなっています。ルソーの教えの中では「性善説」が大きなカギになっています。
こども自身の中に育つ力があり、人為的に干渉しない時、自然に育っていくと考えました。
しかしこの考えの背景にルソー自身の家庭、彼のこどもとの関係が大きいことがわかります。
ルソーには大きな二つの痛みがありました。彼は幼くして母を亡くし、父親は突然失踪しました。
ルソーは捨てられました。親の愛情を感じながら育つということがありませんでした。
青年期に貴族の夫人が母親役と恋人役をしました。後に一時的な伴侶としてしか考えていなかった女性との間に、5人のこどもを得ました。
しかし彼は5人とも孤児院に送り、自分の計画や生活を変えようとしませんでした。子育てを放棄しました。(この当時の社会ではめずらしいことではありませんでしたが。)
そのような経験をしたルソーが書いた『エミール』が後の教育に大きな影響を与えるようになりました。
彼の意識のなかにあったのは、自分が捨てたこどもたちへの贖罪の意識であったと言われます。
その思いの中から、こどもはこども自身のものであると考えました。
親はこどもを権威をもって教えることはできない。
こどもの個性を強調し、こどもの中にある育つ力をとどめないことが必要だと考えました。
しかし個性が強調されるものの、自分とは何か、何のために生まれてきたのか、生きる目的は何なのかを、 こどもは知りません。
そのようなこどもが自分の個性をとらえ、個性をあらわすことは困難です。

自分の目的を見いだせず、いらだち、不安に支配され、突発的な怒りにより行動している姿を見ます。
自分の存在意味・存在目的を知らずに勉強に取り組むわけで、学ぶ意味がわからないので勉強することの大切さがわからないケースがあります。
こどもは親によって愛情を与えられ、生きる意味や価値観、従順を学ぶ必要があります。

B 親のもの
親が自分のこどもにどう接していいのかわからず、溺愛するか虐待するかという極端なケースが増えています。
また、自分のこどもをまるでペットのように扱い、親自身の欲求を満たす道具として用いているケースも見られます。
こどもの望みに関わらず小学生低学年で茶髪にしたり、ペアルックにして親が楽しんでいるというケースがあります。

C 家のもの
「次は絶対男の子!」と極端に強調されるケースがあります。家を絶やさないように継承しなければならないという親の思いです。
ひとりのこどもの命に焦点をあてた考え方ではありません。

D 国のもの
かつて日本国民は「赤子」(せきし)と呼ばれました。これは国民が天皇のこどもであるという意味です。
国家のものだから国家のために生き、死ぬのが最高の価値と考えられていました。

E 教会のもの
こどもは教会のためにあるのではありません。こどもたちが本来の目的を知り、いきいきと過ごせるように助け導きます。

F 神のもの
こどもは神(創造主)が計画を持って、両親に預けられた神のものです。
こども達は無力で産まれ、神が選ばれた両親のもとで育てられます。
親はこどもによって、受けるものから与えものへと訓練され成長を与えられます。
こどもたちから喜びや励ましを受けます。
こどもは両親から価値観や従順を学びます。畏れるべきものを畏れることを学びます。
生きていく力や仕事をしていく知識や能力を伸ばします。
やがてこどもが成長した時、親から自立し新しい家庭を作ります。
親はこどもが巣立っていく姿を、感動しながら見ます。
親はもう一度夫婦の単位で向かいあい、それぞれの使命を自覚して生きていきます。
親は決してこどもに「世話をしたから老後の世話するように」と言うことはできません。
こどもたちから育てる喜びもらいました。成長させてもらいました。それで十分です。
こどもは誰のものでしょうか。こども自身のもでも親や家や国家のものではありません。
こどもは神(創造主)のものです。
こどもたちは自分の与えられた使命を知り果たすために生きていきます。


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